ウェブゼニ

マンガ「グラゼニ」が大好きな、ウェブ系の何でも屋さんが綴る、仕事とか、日常とか、世の中に関する忘備録。

グランドには銭が落ちている

どうも、こんにちわ。

 

繰り返しになりますが、ワタシの好きなマンガは『グラゼニ』でございます。

 

グラゼニ?東京ドーム編?(8) (モーニングコミックス)

グラゼニ?東京ドーム編?(8) (モーニングコミックス)

 

 

スポーツ漫画の王道、野球を素材にした新機軸のマンガ。あまり触れられることのない、プロ野球選手の年俸をストーリーの軸にした作品。この漫画に出会った時の衝撃は、女子高生の高校野球部員を描いた『ザワさん』や、戦後に存在していた女子プロ野球をモチーフにした『鉄腕ガール』と出会ったときと同等でしたね。

 

高校球児 ザワさん 1 (BIG SPIRITS COMICS SPECIAL)

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はい。

で、『グラゼニ』のお話しです。

グラゼニとはグランドに銭が落ちているの略なのですね、マンガを読んでいる人は知っているかと思いますが。

では、この「グランドに銭が落ちている」は誰の言葉か、知っていますでしょうか?これは南海ホークスを率いた鶴岡一人監督の言葉なのですね。

 (Wikipediaより引用)

 

ちなみに、フルフレーズでは

「グラウンドにはゼニが落ちている。人が2倍練習してたら3倍やれ。3倍してたら4倍やれ。ゼニが欲しけりゃ練習せえ」

です。

鶴岡親分とも称された鶴岡監督は義理人情にも熱く、選手の面倒見が良かったことでも有名です。が、鶴岡監督は「グランドには~」以上にスバラシイものを日本のプロ野球界に導入した人でもあるのです。

 

何を導入したのか?

専属スコアラーを日本のプロ野球界ではじめて導入したのです!

今やプロ野球はもちろん、大学野球や、高校野球でも導入されている(と思われる)専属スコアラーという役職(ポジション?)をはじめて作ったのですよ。

 

ちなみに、「なぜ、専属スコアラーを作ったのか?」と言いますと、選手の年俸査定をしっかり行うためなのですね。鶴岡親分が監督をしていた時代(1950年代~1960年代)は、監督も球団フロントのような仕事を請け負っており、選手のスカウトや、年俸交渉などをやっていたのですね。で、そんな交渉の材料を得るために作ったポジション(役職?)が専属スコアラーだったのです。「やつは打率は良いが、チャンスで打てないからだめ」とか、「やつは右バッターには打たれる確率が多いけれど、左バッターは確実に抑える」なんて情報を集めさせたのですよ。

 

データを活用する基礎を作った鶴岡親分のDNAを引き継いだマンガであると勝手に思っているので、『グラゼニ』が好きなのですね。

はい。

そして、個人的には鶴岡親分が作ったデータ活用の基礎を活用し、大きく発展させた選手が、ID野球でおなじみの野村監督(当時は野村克也選手)だと思うのです。

 

皆さんご存知だとおもいますが、野村監督(当時は野村克也選手)はテスト生として南海ホークスに入団したのですね。甲子園にも出ていなければ、大学野球でも活躍なんかしていない(そもそも、大学に行っていないですしね)。

ノムさん(野村監督、つまりは当時の野村克也選手)と比較される名選手に長嶋監督と王監督がいますが、長嶋監督は当時の六大学野球のスーパースターでしたし、王監督は甲子園をわかせたヒーローだったのです。いわば、ゴールデンルーキー。ノムさん(野村監督、つまりは当時の野村克也選手)とは真逆だったのです。

 

だから

 

「自分をこれまで支えてきたのは、王や長嶋がいてくれたからだと思う。彼らは常に、人の目の前で華々しい野球をやり、こっちは人の目のふれない場所で寂しくやってきた。悔しい思いもしたが、花の中にだってヒマワリもあれば、人目につかない所でひっそりと咲く月見草もある」

 

なんて、インタビューで答えていたりもするのです。

 

これもご存知かとおもいますが、ノムさん(野村監督、つまりは当時の野村克也選手)、テスト入団翌年に南海ホークスからクビを宣告されています。が、そこから一念発起して、レギュラーを勝ち取り、大選手へと育っていくのです。その時の武器が練習量とデータ活用だったのです。

 

どれくらいの大選手になったかというと、日本のプロ野球界において世界の王貞治の次にホームランを打っているのがノムさん(野村監督、つまりは当時の野村克也選手)なのです。ちなみに、打点数も歴代2位。キャッチャーとして世界で初めて世界で初めて三冠王となったのもノムさん(野村監督、つまりは当時の野村克也選手)なのです。

 

 

まぁ、ワタシ、ノムさん(野村監督、つまりは当時の野村克也選手)の話を語りだしたら、止まらないのですよ。それくらい尊敬しておりますし、大好きな人だったりします。その昔、adtecのブースセッションに招かれた時、みなさんがドン引きしているのにもかかわらず、ひたすら20分間、野村ID野球の話をしたりしたこともありましたね、、、そういえば(遠い目)。

 

ノムさん(野村監督、つまりは当時の野村克也選手)が好きな理由を述べよと言われれば、いくらでも述べることはできます。たくさんあるノムさん(野村監督、つまりは当時の野村克也選手)が好きな理由の1つに、Webサイト運営における強力な師匠であったから、というのがありますね。

 

今でこそ、アナリティクスアソシエーション(旧アクセス解析イニシアチブ)をはじめとした、アクセス解析の勉強会や、団体、それに書籍もたくさんありますが、2000年代前半にそのようなものはほとんどなく、自己流で学ぶしかない環境だったのです。そんな環境下でむさぼり読んだのが、ノムさん(野村監督、つまりは当時の野村克也選手)の書籍。

 

データ活用の重要さをワタシに教えてくれたのが、ノムさん(野村監督、つまりは当時の野村克也選手)だったのです。だから、大好きなのです。ノムさん(野村監督、つまりは当時の野村克也選手)。

 

 

負けに不思議の負けなし〈完全版〉 上 (朝日文庫)

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